浅草

浅草で有名な名物となっている「浅草海苔」。現在浅草で海苔は採れないのになぜ「浅草」の名前がついているのか。これには色々と面白い歴史がある。
浅草海苔と全く同じ名前の海藻である「アサクサノリ」があるが、実は「アサクサノリ」は明治になって以降に学者によって名づけられたものであり、浅草海苔とは関係ないし、今や日本で8カ所しか生息地が無い絶滅危惧種であるから、食材になど出来よう筈もない。
では浅草海苔はどのようにして生まれたのか。そこには浅草に栄えた製紙産業が密接に関わっている。乾燥海苔のあの四角の形状と、障子などの和紙の四角に類似点を覚える人もいるだろう。実は和紙の製法と乾燥海苔の製法は良く似ている。というよりも、和紙を作る過程の「紙漉き(かみすき)」の方法を、そのまま乾燥海苔の作り方に転用したものだからである。浅草に栄えていた「浅草紙」に替わって「浅草海苔」が一躍名物に躍り出たのだ。
浅草海苔の登場は日本人の食文化にも影響した。今でこそ海苔は日本人の朝食に欠かせない一品だが、浅草海苔が登場するまでは一部の貴族や僧侶だけが食する高級食材だった。理由は一般庶民に供給できるほど大量生産できなかったからである。それが徳川家康が幕府を開いた際、東京湾の魚を常に幕府に供給するように命じたため、漁民たちは生簀(いけす)を作って魚の養殖を始め、その生簀に海苔が繁茂するようになって海苔の大量供給が実現されたという背景がある。
海苔の加工方法を真っ先に見出した浅草の人々のお陰で、海苔は瞬く間に日本全国に広まったのだ。すなわち、海苔の食文化の影に「浅草」ありと言っても過言はないのである。

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